固定資産管理は、長年にわたり「自動化が難しい聖域」とされてきました。取得から減価償却、除却まで続く長いライフサイクル、そしてCapExかOpExかといった高度な判断が求められるためです。AIに強い関心を持つ方ほど、「本当にAIがここまで踏み込めるのか」と疑問を感じているかもしれません。
しかし近年、生成AIは単なる支援ツールを超え、目標を理解し、自ら考え行動するエージェント型AIへと進化しています。その波は、企業のバランスシートの信頼性を左右する固定資産管理の領域にも確実に及び始めています。
台帳更新や証憑管理といった業務は、ERPやRPAによる効率化が進んできた一方で、最終的な判断や例外処理は人に依存してきました。ところが、推論能力を備えたAIエージェントとマルチモーダル技術の融合により、これまで人間の経験に委ねられていた領域が、再定義されつつあります。
本記事では、エージェント型AIが固定資産管理にもたらす構造的な変化を、技術・実務・ガバナンスの観点から整理します。日本特有の法制度や商慣習にも触れながら、なぜ今このテーマが重要なのか、そしてAI時代の専門家にどのような視座が求められるのかを明らかにします。
AIを深く理解したい方、実務への応用可能性を見極めたい方にとって、本記事は固定資産管理という一見地味な分野が、いかに先端AIの実験場となっているかを知る絶好の機会となるはずです。
エージェント型AIとは何か、なぜ今注目されているのか
エージェント型AIとは、単に人間の指示に応答するAIではなく、与えられた目的に対して自ら考え、判断し、行動までを一貫して実行するAIを指します。従来の生成AIが「質問に答える」「文章を作る」といった支援的な役割に留まっていたのに対し、エージェント型AIは業務そのものの主体となります。
例えば「固定資産台帳を最新化する」という抽象的な目標を与えられると、必要な証憑を探し、内容を理解し、過去の取引や社内規程と照合し、ERPを操作して登録まで完了させます。この一連の流れを人間の逐一の指示なしに遂行できる点が、本質的な違いです。
この進化は、AutomationからAutonomyへの転換として説明されます。ガートナーが示すAIのハイプサイクルにおいても、2025年以降は生成AIの次段階としてAgentic AIが明確に位置づけられています。
| 観点 | 従来の自動化AI | エージェント型AI |
|---|---|---|
| 役割 | 指示された作業を処理 | 目標達成のために行動 |
| 判断 | ルールベース中心 | 文脈理解と推論 |
| 人間の関与 | 常時必要 | 例外時のみ |
では、なぜ今エージェント型AIが注目されているのでしょうか。最大の理由は、大規模言語モデルと推論モデルの成熟が、業務レベルの判断を現実的な精度で可能にした点にあります。IBMやarXivの研究によれば、段階的な推論を行うモデルは、単純な分類AIと比べて専門判断タスクの正確性が大きく向上することが示されています。
加えて、RAGによる知識参照や、画像・文書を同時に理解するマルチモーダル技術の実用化が進みました。これにより、AIは社内規程や過去事例、請求書画像といった信頼できる情報に基づいて判断を下せるようになっています。
マッキンゼーによれば、自律型AIエージェントは年間最大4兆ドル規模の生産性向上をもたらす可能性があり、特に財務・会計分野でのインパクトが大きいとされています。人手不足が深刻化する中で、判断を伴う業務を任せられる技術への期待が急速に高まっています。
重要なのは、エージェント型AIが「人間を置き換える存在」ではなく、人間の判断をスケールさせ、組織知を継承する存在として設計されている点です。この思想こそが、今まさにエージェント型AIが実務の世界で受け入れられ始めている最大の理由と言えるでしょう。
固定資産管理が抱えてきた構造的な難しさ

固定資産管理が長年にわたって難易度の高い業務とされてきた背景には、単なる作業量の多さではなく、構造的な複雑性があります。取得から除却まで数年から数十年に及ぶライフサイクルの中で、会計・税務・現物管理が分断されたまま運用されてきた点が、根本的な課題です。
特に問題となるのが、時間軸の長さによる情報の断絶です。固定資産は取得時の判断が、その後の減価償却や減損、税務処理に連鎖的な影響を与えます。しかし実務では、数年前の取得理由や判断根拠がExcelやメール、紙資料に散在し、担当者の異動や退職とともに失われがちです。**過去の判断に遡れない構造そのものが、リスクを内包している**と言えます。
加えて、固定資産管理は「例外」が常態化する領域です。金額基準だけでは割り切れないCapExとOpExの区分、部分的な改良や更新、補助金を伴う取得など、形式ルールでは判断できないケースが頻発します。ガートナーが指摘するように、こうした判断依存型プロセスは従来のERPやRPAと相性が悪く、人手を前提とした設計から抜け出せませんでした。
| 構造的要因 | 具体的な難しさ | 実務への影響 |
|---|---|---|
| 長期ライフサイクル | 取得時判断と数年後の処理が連動 | 根拠不明の償却・減損リスク |
| 判断依存性 | 会計方針や実態解釈が必要 | 属人化・ブラックボックス化 |
| 現物連動性 | 帳簿と物理資産の一致確認 | 実査負荷・監査コスト増大 |
さらに、固定資産は物理的実体を伴う点で、他の会計領域と決定的に異なります。帳簿上は存在していても現物が廃棄されている、逆に現場にはあるが台帳に載っていない、といった乖離は珍しくありません。マッキンゼーも、固定資産管理を「データと現実世界の接続点に位置する最も複雑な会計領域の一つ」と位置付けています。
日本企業においては、これに法制度の複雑性が重なります。電子帳簿保存法やインボイス制度への対応は、単なる保存要件にとどまらず、検索性や真実性の担保まで求めます。**固定資産管理は、会計・税務・法務・ITの交差点に置かれた業務**であり、部分最適では解決できない構造を持っているのです。
こうした構造的な難しさこそが、固定資産管理が長らく「人にしかできない業務」とされてきた理由です。同時にそれは、判断・記憶・照合を担えるAIエージェントへの期待が最も高まる領域でもあります。従来の延長線ではなく、構造そのものを捉え直す視点が不可欠です。
自動化から自律化へ進む固定資産管理の進化段階
固定資産管理は長らく「自動化」の対象とされてきましたが、2026年を境にその本質は「自律化」へと明確に移行しつつあります。自動化とは、あらかじめ定義されたルールや手順を機械が忠実に実行する段階を指します。一方で自律化とは、目標を与えられたAIが状況を理解し、判断し、必要に応じて行動を選択する段階を意味します。この違いは、固定資産管理の実務において決定的なインパクトをもたらします。
従来のERPやRPAは、台帳更新や証憑登録といった定型作業を高速化する点では有効でした。しかし、CapExとOpExの区分や、例外的な取引の解釈といった判断領域は人間の専門家に委ねられてきました。ガートナーのAIハイプサイクルでも示されているように、2026年時点でエージェント型AIはこの判断領域に踏み込み、業務の主体そのものを担い始めています。
この進化は連続的な成熟度モデルとして理解することが重要です。以下の表は、固定資産管理における進化段階を、役割分担と判断主体の観点から整理したものです。
| 段階 | 主な特徴 | 判断主体 |
|---|---|---|
| 手動処理 | Excelや紙中心、属人的管理 | 人間 |
| ルールベース自動化 | RPAによる定型作業の代行 | 人間 |
| AIアシスタント | 検索・助言をAIが提供 | 人間 |
| 自律型エージェント | 目標達成までAIが完遂 | AI |
自律型エージェントの本質は、単なる処理速度の向上ではありません。抽象的なゴールを与えると、タスクを分解し、ERPやOCR、社内規程データベースを横断的に活用しながら最適解を導き出します。マッキンゼーの予測によれば、こうした自律型AIは年間最大4兆ドル規模の生産性向上をもたらす可能性があり、特にコーポレートファイナンス領域で効果が大きいとされています。
固定資産管理は例外処理が多く、取得から除却まで数十年に及ぶライフサイクルを扱います。そのため、単一ルールでは対応できない判断の積み重ねが不可避でした。ここに推論能力を備えたAIエージェントが介在することで、過去の類似取引や会計方針を参照しながら、一貫性のある判断を下すことが可能になります。これは人間の経験知をスケールさせる試みとも言えます。
重要なのは、自律化が人間を排除する概念ではない点です。オラクルやワークデイの設計思想でも示されているように、実務では監督付きの自律が前提となります。AIが主体的に行動しつつ、確信度が低い場合や重大な影響を伴う判断では人間に委ねる。この協働モデルこそが、固定資産管理を次の段階へ引き上げる現実的な進化形と言えるでしょう。
台帳更新エージェントの基本アーキテクチャ

台帳更新エージェントの基本アーキテクチャは、単なる自動入力ツールではなく、認知・判断・実行を分離した多層構造として設計されます。従来のERP中心設計がデータフローを重視していたのに対し、2026年型エージェントは思考フローを中核に据える点が決定的な違いです。
このアーキテクチャの目的は、会計判断の再現性と説明可能性を担保しながら、自律的に台帳を更新することにあります。そのため、各レイヤーは責務を明確に分離し、相互に監査可能な形で連携します。
| レイヤー | 主な役割 | 中核技術 |
|---|---|---|
| 認知レイヤー | 取引内容の理解と会計判断 | LLM、CoT、RAG |
| 制御レイヤー | 判断結果の検証と方針決定 | ルールエンジン、確信度評価 |
| 実行レイヤー | ERPへの台帳反映 | API連携、仕訳生成 |
最上位に位置する認知レイヤーでは、請求書や稟議書といった証憑を入力として、資産計上の要否や耐用年数を推論します。IBMが解説しているように、Chain-of-Thoughtを明示的に設計することで、AIは人間の会計士に近い段階的思考を辿れるようになります。これにより、単純分類モデルと比較して判断精度が有意に向上することが、近年の金融領域の研究でも示されています。
ここで重要なのがRAGの設計です。Gartnerが指摘する通り、エージェントの誤判断の多くは知識参照の曖昧さに起因します。社内固定資産規程、過去の台帳履歴、税法通達を信頼できる知識源として限定し、生成ではなく参照に基づく推論を行わせることが、ハルシネーション抑止の要となります。
次に制御レイヤーでは、AIの結論をそのまま実行せず、確信度や例外条件を評価します。OracleやSAPが採用する監視付き自律の思想と同様に、ここでは人間介入の要否を判定します。判断そのものを自律化しつつ、最終責任の所在を人間に残す設計が、企業会計では不可欠です。
最下層の実行レイヤーは、ERPとのAPI連携を前提に設計されます。画面操作型RPAとは異なり、資産カード作成、減価償却条件の登録、仕訳生成を構造化データとして直接反映します。McKinseyが予測する自律型エージェントの生産性効果は、このレイヤーでの再処理削減とリアルタイム性によって最大化されます。
この三層構造に共通して流れるのがログとトレーサビリティです。Leapfinの事例が示すように、すべての判断過程と更新結果を不変の形で保存することで、監査人は結果だけでなくプロセスを検証できます。台帳更新エージェントの基本アーキテクチャとは、技術構成そのもの以上に、信頼を設計する枠組みだと言えるでしょう。
CapExとOpExをAIが判断するための推論設計
CapExとOpExをAIが自律的に判断するためには、単なるルール適用ではなく、人間の会計専門家が行ってきた判断プロセスそのものを推論構造として設計する必要があります。2026年時点では、**大規模言語モデルと推論特化モデルを組み合わせた段階的推論設計**が実務レベルに到達しつつあります。
この推論設計の核心は、判断を一問一答で完結させない点にあります。まずAIは請求書や契約書から金額、取引内容、摘要文言といった事実情報を抽出し、次に社内の固定資産管理規程や過去の類似取引をRAGで参照します。そのうえで形式基準と実質基準を分離して検討する構造を取ります。
| 判断観点 | AIが確認する内容 | 推論上の役割 |
|---|---|---|
| 形式基準 | 金額基準、少額資産要件 | 初期フィルタリング |
| 実質基準 | 機能向上、耐用年数延長の有無 | 最終的なCapEx/OpEx判定 |
| 履歴参照 | 過去の同種取引の処理傾向 | 判断の一貫性担保 |
例えば「設備の部品交換」という取引でも、AIは「修理」「改良」「更新」といった表現の違いを文脈で解析し、原状回復なのか性能向上なのかを推論します。IBMが解説するChain-of-Thoughtの研究によれば、**推論過程を明示的に分解させることで、専門判断タスクの精度が有意に向上する**ことが示されています。
さらに重要なのは、結論と同時に判断理由を自然言語で保存する設計です。AIは「金額が30万円を超過し、機能向上を伴うため資本的支出と判断した」といった根拠をログとして残します。これは日本公認会計士協会や金融庁の議論でも重視されている監査可能性の要件と合致します。
このような推論設計により、CapEx/OpEx判定はブラックボックスではなく、**説明可能で再現性のある意思決定プロセス**へと進化します。結果として、AIは単なる分類器ではなく、企業の会計方針を学習し続けるデジタル判断主体として機能するようになります。
証憑管理におけるマルチモーダルAIの役割
証憑管理におけるマルチモーダルAIの最大の役割は、証憑を単なる保存対象ではなく、意味を持つ監査証跡として理解・活用する点にあります。2026年時点では、請求書や契約書、写真、手書きメモといった異なる形式の情報を横断的に解釈し、台帳との整合性を自律的に検証することが現実的になっています。
従来のOCRは文字認識に特化しており、レイアウトの違いや非定型情報に弱いという課題がありました。一方、マルチモーダルAIはテキスト、画像、数値を同時に理解し、文書全体の意味構造を把握します。arXivで公開された最新研究によれば、マルチモーダルモデルは請求書処理においてテキスト単独モデルよりも抽出精度と整合性判断の両面で優位性を示しています。
固定資産管理では、物理的実在性の確認が重要です。現場で撮影された設備写真に含まれる型番や銘板情報、位置情報、撮影日時をAIが解析し、台帳上の資産情報と突合します。AssetCuesなどの事例が示すように、この仕組みにより期末実査の負荷が大幅に削減され、リモート監査の信頼性も向上しています。
また、日本特有の証憑文化にもマルチモーダルAIは適応します。請求書に書き添えられた手書きの「受領済」印やプロジェクト名は、従来は人間しか解釈できませんでした。しかし現在では、これらの情報を読み取り、資産の用途や部門コード推定に活用できます。これは証憑と業務コンテキストを結び付ける重要な進化です。
| 観点 | 従来型OCR | マルチモーダルAI |
|---|---|---|
| 理解対象 | 文字情報のみ | 文字・画像・レイアウト・文脈 |
| 非定型対応 | 弱い | 強い |
| 監査証跡への貢献 | 限定的 | 高い |
さらに重要なのは、法令遵守を支える役割です。電子帳簿保存法では検索性と真実性が求められますが、マルチモーダルAIは証憑から日付・金額・取引先を高精度で抽出し、要件未達の画像や欠損情報を自動検知します。LayerXやinvoxの取り組みが示す通り、これは人手チェックを前提としない新しいコンプライアンスモデルです。
ガートナーによれば、今後の財務AIは単機能ではなく、複数モダリティを前提とした設計が標準になるとされています。証憑管理におけるマルチモーダルAIは、正確性、監査可能性、業務継続性を同時に高める中核技術として、固定資産管理の信頼性を根底から支える存在になりつつあります。
日本特有の法制度がエージェント設計に与える影響
日本特有の法制度は、AIエージェントの設計思想そのものに強い制約と方向性を与えています。特に固定資産管理においては、電子帳簿保存法とインボイス制度が、単なる業務要件ではなく、エージェントの判断ロジックやアーキテクチャ設計に直接影響します。日本では「処理できる」だけでは不十分で、「法的に説明できる」ことがシステム要件になります。
電子帳簿保存法では、証憑データに対して検索性と真実性の確保が厳格に求められています。このためエージェントは、証憑を保存する前段階で、日付・金額・取引先といった検索キーを自律的に補完・検証し、要件を満たさない場合は処理を停止する設計が必要です。金融庁や国税庁の解釈によれば、後追い修正に依存する運用はリスクが高いとされており、エージェントはリアルタイムでの法令適合チェックを組み込むことが前提になります。
インボイス制度は、エージェント設計における「外部公的データ連携」を必須要件に押し上げました。請求書に記載された登録番号を国税庁の公開APIで照合し、その結果に応じて税額控除ロジックを分岐させる処理は、人手では煩雑ですがエージェントには適したタスクです。一方で、番号不一致や経過措置の判断は税務リスクを伴うため、確信度に応じて人間へ判断を委ねる設計が不可欠になります。
| 法制度 | 設計上の影響 | エージェント要件 |
|---|---|---|
| 電子帳簿保存法 | 検索性・改ざん防止 | 保存前の自動検証と自己診断 |
| インボイス制度 | 税額控除の適否判断 | 公的API連携と処理分岐 |
さらに日本の税制は毎年のように細かな改正が行われます。ガートナーが指摘するように、グローバル汎用LLMだけに依存した設計では、こうしたローカルルールの即時反映が困難です。そのため、日本向けエージェントでは、税法データベースをRAGの知識源として厳密に限定し、更新可能な形で組み込む必要があります。日本の法制度は、エージェントをより慎重で説明責任を重視した存在へと進化させていると言えるでしょう。
ガバナンスと監査可能性をどう担保するか
エージェント型AIが固定資産台帳や証憑データを自律的に更新する時代において、最大の論点はガバナンスと監査可能性をいかに担保するかです。効率性や自律性が高まる一方で、判断根拠が不透明であれば、会計監査や税務調査に耐えられません。重要なのは、AIの判断結果ではなく、判断に至るプロセスそのものを管理対象とする視点です。
近年、日本公認会計士協会や金融庁の研究報告では、生成AI利用における「監査証跡の十分性」が繰り返し強調されています。これは従来のシステムログとは異なり、AIがどの情報を参照し、どのような推論を経て結論に至ったのかを、人間が事後的に追跡できる状態を意味します。エージェント設計においては、Chain-of-Thoughtによる推論過程を自然言語で保存し、証憑や社内規程への参照関係と紐づけることが実務上の要件となりつつあります。
このとき有効なのが、意思決定ログを「監査向けアーティファクト」として構造化するアプローチです。単なるテキスト保存ではなく、判断単位ごとに入力情報、参照知識、結論、確信度を整理して保持することで、監査人はサンプリングではなく全件レビューに近い検証が可能になります。Leapfinが提唱するImmutable Ledgerの思想も、AI時代の監査を前提にした設計として注目されています。
| 観点 | 従来型自動化 | エージェント型AI |
|---|---|---|
| 判断根拠 | ルール定義書に依存 | 推論ログとして保存 |
| 変更履歴 | 結果のみ記録 | プロセス全体を追跡 |
| 監査対応 | 事後説明が必要 | 即時に検証可能 |
さらに重要なのがHuman-in-the-Loopの設計です。OracleやSAPが採用する「監視付き自律」モデルでは、AIが算出する確信度に応じて自動実行と人間承認を切り替えます。すべてを自動化しないこと自体が、ガバナンスの一部であり、特にCapEx/OpEx判定や耐用年数設定など影響の大きい判断では、人間の介入余地を制度として残すことが信頼性を高めます。
加えて、プロンプトや参照データの管理もガバナンスの対象です。どの会計基準、どの税法データベースを前提に判断したのかを明示し、改訂があれば即座に反映される仕組みが不可欠です。デロイトやPwCが指摘するように、AIを使うこと自体ではなく、AIを統制できているかどうかが、今後の監査品質を左右します。
最終的に、ガバナンスと監査可能性を担保する鍵は、AIをブラックボックスとして扱わない姿勢にあります。説明できる自律性、検証できる判断、介入可能な設計を前提にすることで、エージェント型AIは固定資産管理において初めて実務に耐える存在となります。
主要ERP・FinTechベンダーの最新動向
2026年における主要ERP・FinTechベンダーの動向を俯瞰すると、共通するキーワードは「エージェントの内製化」と「法規制対応を前提とした実装」です。単なる生成AI機能の追加ではなく、固定資産管理や証憑管理といった基幹業務にAIエージェントを深く組み込み、実運用に耐えるレベルまで引き上げる競争が本格化しています。
グローバルERPベンダーでは、OracleとWorkdayのアプローチが象徴的です。Oracle Fusion Cloud ERPはLedger AgentやDocument IO Agentを通じて、仕訳生成や異常検知をERP内部で完結させる設計を採っています。これはGartnerが指摘する「データ移動を最小化したエージェント配置」という潮流と一致しており、**データ主権とセキュリティを確保したまま自律化を進める**戦略といえます。一方、Workdayは継続的監査を前提に、分単位でのモニタリングを可能にしており、不正や誤謬を早期に検知するリスク管理志向が際立っています。
FinTechおよび周辺SaaSベンダーは、ERPを置き換えるのではなく「エージェントを差し込む」立場を明確にしています。LedgeやNominalは、固定資産の資産化判断やロールフォワード作成といった高負荷業務に特化し、既存ERPとAPIで連携します。McKinseyが示すように、部分最適でも生産性向上効果が大きい領域に集中投資するモデルは、導入スピードを重視する企業に適しています。
| カテゴリ | 代表ベンダー | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 包括型ERP | Oracle、Workday | ERP内部にAIエージェントを組み込み、仕訳・監査・異常検知まで一体化 |
| 特化型FinTech | Ledge、Nominal | 固定資産や照合など特定業務に集中し、既存ERPとAPI連携 |
| 日本向けSaaS | Sansan、LayerX、TKC | 電帳法・インボイス制度を前提に高精度データ化と支援型AIを提供 |
日本市場では、法対応が競争優位の源泉になっています。SansanのBill Oneは請求書データ化の精度を武器に、インボイス制度の自動判定を実装しています。LayerXはLLMを活用した証憑回収やコミュニケーションの自動化でUXを高め、**人とAIの協働を前提とした自律化**を進めています。TKCやOBICといった国内大手は、税務適合性と説明可能性を最優先し、AIを「判断代行」ではなく「判断支援」として慎重に組み込んでいます。
これらの動向から読み取れるのは、2026年時点での勝者は「最も高度なAI」を持つ企業ではなく、**業務・データ・法規制を横断してエージェントを設計できるベンダー**だという点です。Forresterが予測する通り、今後はエージェントの性能差よりも、どの業務にどこまで自律性を委ねるかという設計思想そのものが、ERP・FinTech選定の決定要因になっていきます。
AI時代に固定資産管理の専門家が果たす役割
AI時代において、固定資産管理の専門家は「作業者」から「判断と統治の担い手」へと役割を大きく変えています。エージェント型AIが台帳更新や証憑突合を自律的に実行できるようになった今、人間に残される価値は、AIでは代替できない専門的判断とガバナンスの設計にあります。
マッキンゼーやガートナーが指摘するように、エージェント型AIは業務の大部分を自動化しますが、その前提には正確な会計方針、税務解釈、内部統制ルールが必要です。**固定資産管理の専門家は、AIが参照すべき判断基準そのものを定義し、教育する立場**へと進化しています。
特に重要なのが、資本的支出と修繕費の区分や耐用年数設定といったグレーゾーンの判断です。これらは過去の取引慣行、税務調査での指摘傾向、監査法人との合意形成など、暗黙知の集合体であり、単純なルール化は困難です。専門家は、こうした知見をRAG用ナレッジや判断ログとして構造化し、AIに継承させる役割を担います。
| 領域 | AIの役割 | 専門家の役割 |
|---|---|---|
| 台帳更新 | 自律的な登録・修正 | 会計方針の設計と例外承認 |
| 証憑管理 | 自動読取・突合 | 法令解釈と保存要件の最終判断 |
| 監査対応 | ログ提示・説明補助 | 判断根拠の説明責任 |
また、日本固有の電帳法やインボイス制度への対応では、制度改正の意図や実務運用の勘所を理解した専門家の関与が不可欠です。国税庁や日本公認会計士協会の議論でも、AI活用の前提として人間による説明可能性の確保が強調されています。**専門家はAIの判断を監査人や税務当局に橋渡しする通訳者**としての役割も果たします。
さらに、AIの確信度が低いケースを見極め、人間が介入すべき閾値を設計するのも専門家の責務です。OracleやSAPが提唱する監視付き自律モデルは、まさに専門家の判断を前提とした設計思想です。AIを全面的に信任するのではなく、どこまで任せ、どこで止めるかを決めることが、固定資産管理の品質を左右します。
最終的に、AI時代の固定資産管理の専門家は、台帳を更新する人ではありません。**AIが正しく判断し続けられる環境を設計・監督し、その結果に責任を持つプロフェッショナル**として、企業価値とコンプライアンスの両立を支える中核的存在となっています。
参考文献
- Gartner:The Latest Hype Cycle for Artificial Intelligence Goes Beyond GenAI
- Oracle:AI Agents for Fusion Applications
- Workday Blog:AI Agents in Finance: Top Use Cases and Examples
- デロイト トーマツ:経理・財務・税務部門の経営について調査 「DX・AI活用」や「人材不足」に課題感
- 国税庁:適格請求書発行事業者公表システムWeb-API機能
- arXiv:Multi-Modal Vision vs. Text-Based Parsing: Benchmarking LLM Strategies for Invoice Processing
